新コラム 『土とワイン』
Wine-A-List 書下ろしコラム
ワインの複雑な個性や香り・味わいは、原料である葡萄の育つ環境が大きく影響します。このコラムでは、葡萄を育む土や石にフォーカスし、専門家による書下ろしで、取り上げていきます。
第1回目は、ソムリエからインポーター勤務を経て、ワイン醸造家・エデュケーターとして活躍されている沼田実氏に寄稿戴きました。
2017年5月17日
寒冷な気候と日本列島最古の地層が織りなす清涼感溢れるワイン
今、熱い視線を浴びる冷涼産地の旗手The岩手
花巻市大迫町の風景
岩手県内で最も早くからワイン醸造用ブドウ栽培に取り組んできた花巻市大迫町。市街地の南西部にあり、標高309mに位置する向山展望台からは東西に延びたブドウ畑と水田が混在する景色を眺める事ができる。
広大な土地が持つ大きなポテンシャル
東北地方の北東部に位置する岩手県の面積は15,278 k㎡で、その広さは四国4県に匹敵し北海道に次ぐ日本で2番目に大きい地方自治体です。地形的には、東部太平洋寄りの北上山地、秋田県との境界線である奥羽山脈、そしてその二つの山地に挟まれて、北から南に流れる北上川の流域に沿って広がる北上盆地と、3本の幅広い縦縞模様をつくっています。そしてこの冷涼な気候と多様な地勢と地質を持つ岩手県が、今、そのユニークなワインの個性に関心を持ったワイン専門家の中で注目を浴び始めているのです。
岩手県のワイナリーマップ
このマップのオリジナル版が作られた2011年当時、内陸部を中心としたワイナリーの数は5社。その後、震災で大きな被害を受けた三陸海岸地方にもワイナリーが設立されて、2016年末には9社となっている。
多様な地勢が表す様々なワインスタイル
北上山地と奥羽山脈が気候に与える影響は大きく、東部である北上山地の太平洋岸では積雪が殆どみられない一方、西部の奥羽山脈とその一帯は雪が多く、その年平均降水量は2000mmを超えます。又、北部太平洋側では春から夏にかけて冷たい北東風(やませ)が吹き、気温を下げ日照時間を減らすことで、しばし冷害の原因となっています。かたや中央部に位置する北上盆地は、年間平均降水量が1100mm程度で県内では最も少なく、気温が高めの夏と、厳しい寒さの冬を持つ典型的な盆地性気候を持っています。岩手県の中では比較的降水量の少ない花巻市大迫町、並びに隣の紫波町を中心とした地域が早くからブドウ栽培を始めたのは、この気候的な理由が挙げられます。
一方、寒気と病害に耐性を持った日本古来種である山ブドウを用いたワイン造りも、長年に渡り北部内陸部の葛巻市で行われていましたが、昨年、三陸海岸地域の野田村でも山ブドウを用いたワイン造りが開始され、その伸びやかな酸味の効いた新鮮さが地元のワイン愛好家を中心として人気を博しつつあります。また、古くからマスカットブドウを用いたサイダー造りで定評のある陸前高田市の神田葡萄園も震災の被害から立ち直り、新植したワイン専用品種からアロマティックな個性が特徴のワインを造り始めました。
日本列島最古を誇る地質群が生む、多様で個性豊かなワインの味わい
岩手県の中央を北から南に向かって流れる北上川の東岸、北上盆地から三陸海岸地域のエリアは、国内でも非常に古い地層が新しい地層と混ざって分布している事で有名です。日本列島の形成が始まったのが約5千600万年前の新生代と言われていますが、驚く事にこの岩手県北上川東部には、それよりも古い5億年前の地質までもが分布しているのです。そしてその基岩は粘板岩(スレート)のような古生代の海洋堆積性の変成岩や石灰岩、新生代の火成岩である花崗岩などと多岐に渡っており、中には火山性変成岩でありマグネシウムを多く含む希少な蛇紋岩も地層を形成しているのです。その様な古くて多様性に富む地質と内陸部、そして沿岸部の冷涼な気候とが織りなす多彩な環境。色々なスタイルが生まれる日本ワイン産地の中で、ひと際ユニークな個性を持つのが岩手県なのです。
大迫町に展示されている蛇紋岩
蛇紋岩とは主にかんらん岩の中のかんらん石が水と反応することで生じる岩石。蛇紋岩の産出する場所は、大抵の場合、マントル物質が地表に露出していることを意味する。
岩手ワインを識る為のブドウ品種
清涼感とミネラリティに富んだ岩手ワインを育むのは冷涼な気候と複雑で古い地質。そしてそれらの環境的要因に加えまして、岩手県ならではの香気豊かなワインスタイルを創っているのは北国の風土に適したブドウ品種です。岩手県で栽培されているワインの品種を挙げますと、先ず白ブドウとして岩手を代表するワイン専用種であるリースリング・リオン、ミュラー・トゥルガウ、シャルドネ、リースリング、それから今後の増産が期待されますケルナー等があります。一方、黒ブドウは、メルローやカベルネ・フランの様な他の日本産地でも見られるボルドー系品種に加えまして、オーストリア原産の品種であるツヴァイゲルトレーベ、そして日本固有品種の山ブドウがユニークな個性を見せています。その中でも山梨で交配されて岩手県で栽培に成功したリースリング・リオンは、その親であるブドウ品種、甲州三尺の耐病性とリースリングの持つ気品を併せ持ったアロマティックな白ブドウ。繊細な味わいの中に感じられる筋の通ったしなやかな芯は、軽快さだけではない独特なスタイルを岩手産ワインの味わいに与えています。
大迫町にあるエーデルワインの自社畑のリースリング・リオン
山梨県のサントリー社で甲州三尺を母親に、リースリングを父親にして交配されたブドウ品種。甘口から辛口、そしてスパークリングまで。岩手県を代表とするワイン専用品種である。
岩手のワイン産地を初めて訪問するには
山の幸、海の幸に恵まれた豊かな自然環境。そして北東北の人たちの暖かい人情味。県庁所在地の盛岡は東京から新幹線に乗り約2時間30分。着いたら先ずレンタカーを借りて北上盆地のワイナリー巡りをされてみては如何でしょうか(ハンドルキーパーは必要ですが)。緑が眩しい夏の季節と周囲が森の匂いに包まれる10月がお薦めです。冷涼産地の風土を肌で実感しながら、キリリとしたミネラリティ豊かな味わいのワインを楽しんで下さいませ!
岩手県産ワインの畑で一番有名なエーデルワインの五月長根(さつきながね)
ワイナリーから少し上った標高約300mの傾斜地に位置するブドウ園。日本のリースリング・リオンのベンチマークともいえる、五月長根リースリング・リオンは、この棚作りの畑から生まれる。
大迫町で特にミネラリティの高いリースリング・リオンを生む高橋葡萄園の畑
町内を東西に流れる稗貫川の元は河原だった水捌けの良い土地にある高橋葡萄園。稲穂とのコントラストが魅力的な垣根造りのブドウ畑からは、日本有数の高いミネラル感を持つ辛口リースリング・リオンが生まれる。
沼田実 プロフィール
テイスト アンド ファン㈱代表取締役 主任ワイン講師
WSET®認定 Level 4 Diploma 、日本ワインマスター(日本ワイン検定1級)、NZ国⽴リンカーン大学ブドウ栽培・ワイン醸造学科 Graduate Diploma 、米国ワイン教育者協会CWE、JSA ワインアドバイザー 、ブルゴーニュ委員会認定ワイン講師、ワインオーストラリア認定ワイン講師。